狂犬病予防業務日誌
裏口……職員専用ロッカー……それほど時間が経っていないのにどこか懐かしい。
そんな想いに耽る暇なく洞窟から助けを求めているのかと勘違いするくらい低くて気味の悪い声が休憩室から聞こえてきた。
男が血を流して倒れていた。畳の吸収力が追いつかず、赤い液体で溺れている感じがするくらい出血がひどい。
血の臭いの生々しさに吐き気をもよおすがなんとか喉元で逆流させてこらえた。酸っぱい臭いが鼻から抜けた。
よく聞くと倒れている男は「誰か……」と呻いている。
「どうしたんだ?」
呼びかけると男は意外にしっかりした口調で伝えてきた。
「さ、さ……刺された」
「あんた、誰?」
素朴な疑問にぶち当たりケガ人に対して素っ気ない口の聞き方をしてしまったが、無意識に出てしまった言葉を訂正するほどおれはお人好しじゃない。
「ここで働いて……」
(こんな奴いたかな?)
おれは男の顔を覗き込む。
(覚えがあるような無いようなよく顔を見ないと……)
「どこを刺された?」
ケガの具合を診る真似をして肩に触れ、体を傾け、顔を見やすい向きに変えた。
「痛い!」
男は顔を背けた。
魂を抜かれた。『痛い!』と言った男の苦悶の表情が角膜に焼きついた。
記憶が粒子の粗い一枚の白黒写真となって戻った。男が一枚の用紙をおれに差し出す場面を撮らえた写真が……。
(この男は……そんな馬鹿な!)
声にならない絶叫が頭の中で響いた。脳ミソが溶けてしまったのか、器だけの頭に木霊のように響いて鈍痛となり眩暈するほどの疼きの連打が襲う。
そんな想いに耽る暇なく洞窟から助けを求めているのかと勘違いするくらい低くて気味の悪い声が休憩室から聞こえてきた。
男が血を流して倒れていた。畳の吸収力が追いつかず、赤い液体で溺れている感じがするくらい出血がひどい。
血の臭いの生々しさに吐き気をもよおすがなんとか喉元で逆流させてこらえた。酸っぱい臭いが鼻から抜けた。
よく聞くと倒れている男は「誰か……」と呻いている。
「どうしたんだ?」
呼びかけると男は意外にしっかりした口調で伝えてきた。
「さ、さ……刺された」
「あんた、誰?」
素朴な疑問にぶち当たりケガ人に対して素っ気ない口の聞き方をしてしまったが、無意識に出てしまった言葉を訂正するほどおれはお人好しじゃない。
「ここで働いて……」
(こんな奴いたかな?)
おれは男の顔を覗き込む。
(覚えがあるような無いようなよく顔を見ないと……)
「どこを刺された?」
ケガの具合を診る真似をして肩に触れ、体を傾け、顔を見やすい向きに変えた。
「痛い!」
男は顔を背けた。
魂を抜かれた。『痛い!』と言った男の苦悶の表情が角膜に焼きついた。
記憶が粒子の粗い一枚の白黒写真となって戻った。男が一枚の用紙をおれに差し出す場面を撮らえた写真が……。
(この男は……そんな馬鹿な!)
声にならない絶叫が頭の中で響いた。脳ミソが溶けてしまったのか、器だけの頭に木霊のように響いて鈍痛となり眩暈するほどの疼きの連打が襲う。