The World
 目の前で、愛しい男が、黙って口の中でチョコレートを転がしている。
何だか、結果を待っている受験生のような気分だ。

「あの……ごめんね。それでも一応、一番マシに出来たつもりなんだけど……やっぱり、私……」

「ううん」

浮かせた目線がどこか白々しくて。口をもごもごさせながら、小さく呟いた。

「おいしい」

目を合わせないのは、嘘を吐いているからで。

「でも、もっと甘い方が好きかな」

なんて、そんな所だけ正直に言ってしまうのは、意地悪すぎる性格のせい。

言動一つ一つに翻弄される私は、どうしようもなくて、ただ勝手に拗ねてしまう。

「だから、ここで食べないでって言ったのに」

「誰がまずいなんか言った?」

彼は見透かすような目で一瞥すると、もう一粒チョコレートを口へ放り込んだ。
膨らんだ頬がリスみたいで何だか可愛い。

「おいしいよ」

彼の味覚は、どうやら「甘い=おいしい」ではなかったらしい。知らなかったけれど。

「嘘ばっかり」

そんな優しい嘘、わがままな彼には不似合いで。
笑いが零れてしまう。
それが呆れ笑いなのか、照れ笑いなのか。私には、自分自身分からなかった。


「確かめる?」

「え?」

目が合った瞬間に、緊張したままの身体が更に固まったのが分かった。
言う事を聞かない腕は、まんまと大きな手中に収められてしまい、人形のように彼の元へ引き寄せられてしまった。

大きな掌が頬を包み込み、一気に身体がほてる。
驚きのあまり目の焦点がぼやけている私の顔を、彼は背の高い自分に合わせると、そっと優しくキスをした。

「な、」

彼は薄ら笑いを浮かべると、自分の名前を遮るように、深くキスをした。

溺れてしまいそうなほど、深く、深く。


目を閉じると、何だか、この瞬間が世界の全てのような気がした。


温かい唇は「ほろ苦い」どころではなく、苦い苦い、チョコレートの味がした。


―bitter―
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