The World
 尖らせた口が先生にバレないように、布団で隠す。熱の篭ったベッドの中は、暖かいようで、どこか寒い。

沈黙の中、どうやら降参したかのように、先生は声に出して溜め息を吐いた。

「はぁ……。おいで」

耳がぴんと立つ。え?と聞き返すまでもなく、先生は言葉を付け足した。

「寝る気なんかないんだろ」

「百田先生!」

胸が跳ね上がり、嬉しくて顔が自然と綻んでしまう。それが先生にバレないように、わざと体が重そうに起き上がる振りをした。


先生はパイプ椅子を引き、座れよ、と目で合図する。
言われた通りにそこへ座ると、さっきまでのもどかしい距離が一気に縮んだ気がした。

「お前がいると、集中して仕事できねぇわ」

先生は呆れたように笑った。
私もそれに釣られて笑う。
けれども、何だかぎこちなくて、ニッコリではなく、顔はどうしてもニヤリとした風にしかならなかった。

本当は、先生が笑ってくれたのがとても嬉しかったのだけれど。


「煙草取って」

机の上を見渡す私に、「鞄の中」とぶっきらぼうに付け足す。
慌てて鞄の中から煙草を探り当て、それを手渡すと、先生は優しく「サンキュ」と笑った。
温かい手が触れ、私は無性に顔が熱くなっていくのが自分でも分かった。

先生はそんな事にはお構いなしで、窓際へ行き、煙草に火を燈した。
窓から舞い込んで来る秋風が少し寒い。


「勤務中ですよ」

椅子から先生を見上げると、とてもさっきまでの厳しい顔とは違う表情をしていた。

「うるせぇ。ここは俺のテリトリー内だからいいんだよ」

ニッと笑うと、口元に皺ができる。私は先生のこの表情が好きだった。
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