課長さんはイジワル
第231話 忘れ物
「あっ……」

まさか、こんな風に課長と会うとは思わなくて言葉が出てこない。

課長もビックリしたようで、そのまま固まってる。

そうだよね、昨日の今日だもん。

あんなタンカ切った後だけに、バツが悪い。

「由紀……」

予想外に優しい課長の声に、危うく目がショボショボになる。

「わ、忘れ物、取りに来たんです。課長のいないときに……と思って」

マンションのチャイムを鳴らしておいて、この言い訳は苦しいかな、なんて思う。

それに、忘れ物なんて何もない。

「……入ってもいいですか?」

「好きなときに、いつでも」

課長が下駄箱側に寄り、私のために通り道を作る。

「忘れ物を回収したらすぐに帰りますから」

「……分かった」

課長は、そのまま、リビングにあるパソコンの前に座る。

なんで?

倒れたって……。

しばらくは安静にしなくちゃいけないのに……。

「課長!なんで、仕事してるんですか!?」

「今日までの急ぎの仕事がある」

「仕事って……。そんなんだから倒れちゃうんじゃないですか!」

つい口を突いて出てしまった言葉にはっと我に還る。

課長が驚き、仕事していた手を止める。

「知ってて……来てくれたのか?」

「知りません!課長は、自分のことはいつも二の次で、ちっとも体のこと考えてない……」

私は、キッチンのシンクの下に密かに備蓄して置いたお米を出すと、洗っておかゆの用意をする。

「今、おかゆ作りますから、ベッドでちゃんと寝て下さい。仕事はダメです」

「由紀……」

「作ったら私、さっさと帰りますから。ちゃんと食べて、寝て、人間らしい生活を送って下さい!分かりましたか!?」

睨みつける私に、課長が後ずさる。

「分かったよ。お前は怒るとすごく怖いな……」

涙声で叱りつける私に、課長が観念したように微笑み、ベッドルームに向かった。





< 231 / 281 >

この作品をシェア

pagetop