プリズム ‐そしてドラム缶の中で考えたこと-
沖岡が日本史の授業で試験に出ると連呼していた、『モラトリアム(支払猶予令)』、まさにそれが欲しいだけなんだ。

日本史が出てきたので、また小村寿太郎を思い出した。

その嫌な思いを抱いたまま、世間との不平等条約を撤回できないのが、

僕、

大いなる矛盾を抱えている音羽寿太郎なのだ。

「音羽君、聞いているのかね!」

沖岡を目の前にして、僕は相変わらず黙っていた。

学校のチャイムが遠くから耳に届いた。

もう下校の時間になっていた、だから僕は「もう勤務時間は終わりですよ」と言うと、沖岡はかなり怒った顔をして「そんな問題じゃない!」と怒鳴ってから、再びあの薄笑いを胸のどこかから取り戻して、「とにかく家に戻りなさい、君の両親も心配しているのですよ」となるべく優しく、けれど語尾には怒気を孕ませたままそう言った。

僕がドラム缶から出ない理由なんて聴こうともしない。
なぜドラム缶に入っていると後悔する事になるのかなんて言おうともしない。

彼等にとっての問題は家に帰るという事なのだ。それが全ての結果なのだ。

「聞いているのかね」
その後の一方的な彼の話は覚えていない。帰れの一点張りだ。僕はその高説をただ聞いてる振りをして、頷いただけだ。

『僕が頷いた』

それにより彼のストレスは昇華され、昇華された後、時計を数秒覗き見て、リズムを元に戻し、今日もこいつを自宅に帰すのは無理そうだとデジタル処理をして、『音羽君、じゃあ今日のところは』と、やはり薄ら笑いで言い、定刻に帰って行った。

僕の両親が海外に行っているからこの程度で良いとでも考えているのだろう。
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