山桜【短編・完結】
桜の木の下で
あたしは隆の肩に手を置いて答える。

「それは違うよ」

あたしは、もう一つの想いも感じ取っていた。


『小雪、お前は逃げなさい。
その子を守るのです』

正室に妊娠の事実を知られ、命が狙われることがわかり、身代わりになろうとした小雪に千は告げる。

『殿を裏切った私を、殿は許してはくれないのだから…。
逃げる場所などないのです』

すでに死を意識していた、千であった。

『だからお前は、逃げなさい。
生き延びて、そして元気なお子を産むのです』

「千は、小雪と子供の命を守ったんだよ?
千は、強いよ」

「………」

「それに、景丸は千と一緒にいたんだから。
景丸も幸せだったの」

千は我が子に『景丸』と名付けた。

『景丸』『景丸』…。

そう、千が呼ぶから。

景丸の心は、千を見つめ。

景丸の魂は、千と生きた。

千と殿の子供として、生まれ変わって。

木の下で眠る景丸の意識。

それは、千と同じく『幸せ』であった。

待っていたんじゃない。

千が亡くなるその日まで。

共に生きていたんだ。

「隆。泣かないでよ…」


殿の望み通り、この地で一緒になることは叶わなかったが、生まれ変わった景丸は、千の子供だったから…。

同じ場所に埋葬された。




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