六天楼の宝珠〜亘娥編〜
九 春嵐
 一言に仲直りさせるといっても、方や昼間は外に決して出ない蟄居(ちっきょ)の身だ。

 しかもお互いに自発的には会おうとはしないだろうし、今の時点では翠玉自身すら季鴬に表立っては会うのを許されていない。

──まずはそこから解決していかなければ。

 あれこれ思いを巡らせていると、「失礼致します」と紗甫が角盆を掲げ持って房に入って来た。

「本日は第一節気の中日(ちゅうじつ)でございますから、薬玉を飾らせていただきます」

 盆には色とりどりの紐が複雑に結ばれた、円形の紅い鞠の様なものがいくつか載っている。紐の中心には若葉の枝も添えられていた。

「そうだったわね。今年は春が来るのが早かったから、忘れそうになっていたけど」

 紗甫は房の入り口と庭に向いた扉に手早く薬玉を結びつけ、にっこり笑う。

「本日の夕餉は寒粽(かんそう)になります」

「……わかったわ」

 冷たい餅を思い浮かべて、翠玉は苦笑した。実はあまり好きではないのだ。

 暦の上では節気をもって春夏秋冬を分けるのだが、邸では入りと中間日に様々な飾りつけを行う。

 それは貴人の家に限った話ではなく、彼女の生家でも春の節気には冷たいものが食卓に出た。寒粽とは主食の穀物を蒸してから敢えて冷やす料理で、味はともかく妙に固いので食べにくい。

 侍女が出払った房の中で、美しい意匠の薬玉を眺めていた翠玉の頭にふと、ひらめくものがあった。

──紅い玉……。

「緋鉱石が見てみたい、ですか?」

 その日の晩、元通りに宵をめがけてやってきた碩有に思い切って聞いてみると、彼は少しだけ不思議そうな顔をしたものの、穏やかに聞き返してきた。
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