六天楼の宝珠〜亘娥編〜
 色々言った様な気がするので、何についてか見当がつかなかった。

「母に似ているという事は、多少鬱陶しい所もあるかもしれない。それでもいいと言えますか」

 挑戦的な口調に何だか可笑しさが込み上げてきて、翠玉は笑った。

「ごめんなさい。それだったのですね」

「笑いごとではありませんよ。もうわかっていると思いますけど、私は父の様に器用ではないし、多少執念深いところもあります」

「ええ、勿論知っています」

 事もなげに返すと、自分で言い出したくせに碩有は憮然としたらしかった。笑いを堪えて続ける。

「その不器用さが、私には嬉しいのです」

 碩有が槙文と同じ道は歩かないという証明にも思えるから。

「碩有様が私を戴剋様からの遺言だと、義務の様に扱わなくて、本当に──」

 最後まで言い終わらないうちに、彼女の唇は夫のそれによって塞がれた。

「……義務だなんて、最初から思わなかった」


 唇を離した時に囁かれた言葉、声の響きに翠玉の身体の奥が震えた。恐怖のおののきではなく、もっと度し難く馴染み深い疼きに。

「知りませんよ。どうなっても」

「せ、碩有様。まだ」

 話は終わっていない様な気がする、そう抗議したいのに。

 出来なかった。

「いつか私は、貴方を壊してしまうかもしれないのに……」

 紡ぐ言葉が、苦痛の呻きに似ていたから。

「構いません、それでも」

 触れた部分から、取り戻せない彼の幼い日の孤独が伝わって来る。

 抱き締められたらいいのに。こぼれ落ちない様に全てを。

 荒くなってゆく息の下、翠玉は碩有の頭を胸に抱き、その伏せた瞼に唇を寄せた。
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