夏の空を仰ぐ花
父と母、補欠以外の人間に、全力の涙を見せたのは、長谷部先生が初めてだった。


ひと粒出ると、あとはもう壊れた水道管。


しゃくりあげて泣くあたしに、長谷部先生は話し続けた。


まるで、背中をさする手のひらのように、優しい優しい声で。


「そんなに頑なに頑張る必要はないよ。自らを追い込んだら、今にボロボロになるぞ」


もう、ズタボロさ。


「先生……あたし、最近へんなんだ」


何に対しても卑屈で、誰に対しても反発してばかりで、嫌な態度ばかりとってばかりで。


「仕方ないよ。君はまだ16歳の女の子なんだから。不安になるのは当たり前さ」


少し、驚いた。


最近へんなんだともらしただけなのに、長谷部先生はあたしの不安を全て分かっているような口ぶりだったから。


「もっと弱くなりなさい」


不思議でたまらなかった。


これから病気と闘わなければならない人間に、もっと弱くなれと言う医師がいたことに。


「なんで? 強くなんなきゃダメじゃん。普通」


強くないと、病気に勝てないじゃんか。


「弱くなりなさい。大丈夫だから」


もっと、まわりのひとに頼ればいい。


そのために、みんなが君のそばに居るんだから。


「強がっていたら、こっちが支えたくても、支えてあげられないだろう」


「……え」


「弱さを見せてくれないと、強がられていると、こっちは心配することしかできない」



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