夏の空を仰ぐ花
その後、補欠はあたしの手を握りながらたくさんの話をしてくれた。


「おれさ、単純なんだな。なんつうの、あれ」


照れくさそうに補欠が肩をすくめた。


「6回の表が始まる直前に、花菜が教えてくれて。翠の意識が戻ったって」


「……ああ」


おそらく、アレだ。


結衣がしたメールの事だ。


「びっくらぶっこいたんだろ!」


「いや、逆。不思議なくらい心が穏やかになって。うれしくて。そしたら、俄然、やる気が出てさ」


でも、やっぱ手こずったけど、と今度は苦笑いをした。


「やっぱ一筋縄じゃいかなかった、桜花……修司は」


あいつはすげえ、やっぱすげえ、と連呼する補欠がなんだか可笑しくて笑ってしまった。


「そのすげえ男に勝ったのは、補欠じゃんか」


だから、補欠はもっともっとすげえんだよ。


「けど……正直、負けるかもって思ったんだ、おれ」


急に補欠の顔つきが険しくなった。


「ごめんな、翠」


「何が? 何も謝る事してないじゃん」


いや、と補欠は首を横に振ったあと、真剣な目をして言った。


「ほんとはずっとこうして側に居てやりたいんだけどな」


「うん」


「ラストチャンスなんだ」


手が届きそうな所に、小さい頃から追いかけて来た夢があるんだ、と。


「掴めるかは分かんないんだけど。手を伸ばせば届きそうな高さに、あるんだ」


ずっと、夢だった。


甲子園に行く事。


甲子園のマウンドに立って、健吾が構えるミットにストライク決める事。
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