夏の空を仰ぐ花 ~太陽が見てるからside story
「お願いします! 翠を……娘を……」


「血圧低下、90をきりました」


突然鳴りだした、サイレンの音。


どんどん、遠く小さくなっていく。


薄く目を開けると、睫毛に残っていた雪の欠片が滲んで溶けていった。


「血圧、80をきりました。心拍数……」


「翠! 翠っ……」


泣くな。


母の手のぬくもりだけを感じながら、あたしは目を閉じた。


泣くな。


だって、あたし、ほんっとうに幸せだったの。


本当に。


宇宙一の恋をしたの、あたし。


「血圧が70をきります、意識レベル低下」


だから、泣かないでよ。


サイレンの音も、騒がしい声もかすんでいく。


とくん……とくん……とく……。


鼓動が小さく小さく、かすんでいく。


救急車のサイレンが消えて、違うサイレンがあたしの耳の奥で鳴り響く。


真夏の青空に響く、試合開始を告げるサイレン。


意識が遠のく。


耳の奥で、微かに聞こえたのは金属の甲高い音。


カン。


空いっぱいに広がる、青い色。


青空の彼方を一球のボールが、大きなアーチを描いて飛んでいく。


マウンドに立ち、ボールを見つめる背中。


【1】


そのエースナンバーに叫んだのは、元気なあたしだった。


「補欠ーっ!」


彼がハッとした様子で、振り向いた。


< 647 / 653 >

この作品をシェア

pagetop