BLUE HEARTS

あたふたという言葉を辞書で引いてみた。そこには俺がいた。

右往左往する踵。置いては離す砂時計。乾く唇。たまに擦れ違おうとする視線。どきりと心臓。

駄目だ。
うさぎにはこの檻が息苦しい。


「目障りだから座れよ」

「え、あ、…お、おう」


肩を狭くして、とりあえずパイプ椅子に座った。まるで切腹を命じられる武士の気分だ。


「あご」

「え」


あご…───?
あごを切れって事だろうか。

切あご。辞書にはない。

薄っぺらな俺は、恐る恐る鬼塚あきらの顔を覗き「あごですか」と聞いてみた。

すると鬼塚あきらは歯切れが悪そうにこう言った。


「…ちと、やり過ぎた」

「え」


どきり。まさか。


「もしかして、心ぱ…───」

「ちーげーえーよー…!」


くいぎみに鬼の形相で睨まれてしまった。愚かだ。おれ。

その刹那、もう片方のベッドのカーテンが開き、制服を着崩した男が眠気まなこで出てきた。


「豪ちゃーん」

「…ん」


そしてその男に頬擦りをする鬼塚あきら。胸がきゅっと搾られた気分だった。

女だった。
鬼塚あきらは女だった。


「うぜえな。離れろ」

「へへ、やだあ。一緒に帰ろ」

「面倒くせえな」


腕を組む男女はそこから消えた。

お構いなしに消えた。


「………。」


きっとどちらかの家に行って。


「おいおい、待て」


キスをして。


「おいおい、止めろ俺」


そして。


「くだらねえ。何考えてんだ」


セックスをする。


「………。」


胸が、痛い。

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