バタフライナイフの親指姫
おかあさま


 あたしは孤児で、物心ついたときには施設にいたけれども、べつに不幸じゃなかった。

 っていうのも、こどもが欲しくてたまらない未亡人がちいさなあたしをひきとってくれたからで。

 未亡人…あたしはおかあさまって呼んでいるけれど、とにかくその人は、お金持ちで、素敵なお家に住んでいて、それでもってあたしにはべったり甘くて、おかげさまであたしはまるでお姫様みたいに育った。

 あたしはすくすく育って、まあ身長はあんまり伸びなかったけれど、立派なお嬢さんになったわけ。

 お外に出たことはなかったけれど、それはかわいそうなことじゃなかった。

 おかあさまのお庭はほんとに素敵だったし、その中にいれば嫌なことなんか何もなかった。

 毎春やって来る幼馴染みのツバメにお外の話を聞いては、遠くに行ってみたいなあ、なんて呟くのだけどそれは本気なわけなくて。

 ツバメはそんなあたしを横目で見ながら黙って煙草をふかしていたっけ。

 そう、何回目の春からかツバメは煙草の匂いをさせるようになった。

 あたしはその、知らない匂いが気に入っていたのだけど、おかあさまはその匂いがお嫌いだったから、自分でふかすわけにはいかなくて、ツバメの近くに寄っては、ああ、いいなあ、とかすかな憧れを抱くのだった。


 要するに、あたしの世界はおかあさまのお庭の中で、あたしに必要なのは、お花とか、ドレスとか、お菓子とか、さまざまなきれいなものたちと、お庭から見上げる空への淡い憧れ、それだけだった。



 それだけ、だったのに。



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