バタフライナイフの親指姫
 金髪は、目が覚めたのなら送っていってやる、と提案する。

 ―あたしには帰るとこはないの。

 ツバメの言葉を思い出して、吐息が震えた。

 ―家出?

 あたしは金髪の無神経さに苛立って、一緒にするなと叫んで、睨みつけたはずなのに、こらえきれずにまた涙がこぼれてきた。

 金髪は焦って、何度も謝りながらあたしを宥めた。


 ―出ていく。

 あたしがまだしゃくり上げながら立ち上がると、金髪があたしの手を掴んだ。ツバメの冷たい手とは違って温かい。

 ―いろよ。

 あたしはその、まっとうさというやつを本当に嫌だと思うのだが、なぜかその手を振り払えなくて、ずるりと引きずられていった。


 あたしは金髪と暮らすことになった。

 金髪は、どういう意味でか知らないが、たぶんあたしを好きなのだろう。

 金髪の視線は、ツバメのそれほど好ましくもないが蝦蟇息子のそれほどにいやらしくもない。

 曖昧な、気の抜けかけた炭酸水のような、関係だった。

 それでも、金髪があたしの髪を撫でる指は労りに満ちていたし、金髪の『正常』さは、うっとうしいと同時に眩しくもあった。

 だから、あたしも、一瞬、こいつならいいかな、などと思ったのだ。

 …気の迷い、だとしても。


 ある日金髪は呼ばれて行って、硬い表情で帰ってきた。

 とろとろとまどろんでいたあたしの腕を掴んで、金髪の部屋から引きずり出した。

 ―血まみれのキミは、いらない。



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