天空のエトランゼ〜レクイエム編〜(後編)
「今日は、お客様が多い」

扉につけた鈴の鳴る音を聞き、マスターは口許を緩めた。

「それも…」

先程来た輝達と同じ学生服を着た高坂達を見て、マスターは彼らの目的を悟った。

「…」

高坂は、姫百合を背中で庇いながら、カウンターへと進んで行った。

店が見えなかったことといい、ここが普通の店でないことはわかっていた。

しかし、問題は…行方不明になった生徒達の安否であった。

「いらっしゃいませ」

進んで、自らの前に座った高坂達に頭を下げてから、笑顔を向けた。

「当店は、コーヒーしかございません。ですが〜」

初めてのお客にする説明を聞きながら、高坂は黙って前を見つめていた。マスターと目が合わないように。

そして、説明が終わり、出てきたコーヒーカップを、輝のように断ることなく、高坂は手をつけた。

「旨い」

その感想を聞いて、姫百合もカップを手に取った。

「美味しい!」

思わず見開いた目で、姫百合はカップ内を見た後、高坂とマスターを交互に見た。

旨いと口にした高坂であるが、ゆっくりとカップをカウンターに置くと、マスターと目を合わせ、微笑んだ。

「この味でしたら…コーヒーだけでやっていけますね」

「ありがとうございます」

マスターは、頭を下げた。

「…」

高坂は無言になると、コーヒーを飲み干した。

元々、一杯目は少ない。

二杯目こそが、この店の真髄であった。

「あっ」

すぐに空にしてしまったことに、驚きの声を上げた姫百合の前にも、二杯目のコーヒーが置かれた。

そして、その二杯目を口にした時、言葉にならない程の感動を、2人は覚えることになった。

たった一口で、コーヒーの虜になった姫百合と違い、高坂は感動しながらも、冷静なもう1人の自分を心に残していた。

コーヒーの味と、今回の依頼は別問題である。

しかし、この普通の人間には見えない店での驚くべき味は、反比例しているようで、表裏一体していると感じた。

それは、カウンターの後ろ…天井近くに貼られた…古ぼけた写真を目にして、確信に変わった。
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