夜嵐
今の若者もすてたものではないかもしれないと黒川は感じた。
冷静に対処し、行動力もある。周りに流されず、判断を下すことができる。
もし、私に家族がいれば、あの子のような子供ができたかもしれない。
しかし、それは叶わない夢である。
歳の問題ではない。
黒川自信が結婚をしないと決めたためだ。

黒川は少し時間を空けてから、女が先に降りた階段の方へと向かった。
つい、数分まで人生の終わりが告げられたとは思わないほどだ。
身体が軽い。
黒川は階段を降りようとしたとき、ふとっ、なにかを思い出したように立ち止まった。
両手を見ると、鞄がない。
さきほどのごたごたで鞄を車内に忘れてしまっていた。

あの鞄の中には、今日訪問した会社の資料が含まれていた。
同行した池田が同じ資料を持っているため、技術部門では問題ない。
問題は黒川だけに渡された予算に関する報告書だ。
黒川の会社は開発費用を訪問した会社からもらっている。
その金額で開発が進むが、書類がなければ、開発資金が不透明となる。
また、仕事は黒川と池田の二人では行っていない。
黒川は営業として、池田はプロジェクトのリーダとしたのだ。
二人のしたには、これから会社を大きくさせる卵たちが今も会社のために働いている。
黒川は一息深呼吸をした。

(あせるな。あせるな)

冷静に考えようとした。山手線は路線を一周するんだ。
それなら、待てばいい。
会社には診察が長引いたとすればいい。

(誰も鞄はとらないはずだ)

自分に言い聞かせながらもどこか不安がよぎった。

(待てばいい。
それだけのことじゃないか)

黒川は階段を降りず、次の列車が来るまで、体を休ませようとした。
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