硝子の破片
『今夜はアフターがあるの』リンは申し訳なさそうに、返事をした。


彼女が誘いを断ってきたのはこれが初めてだ。


予想もしていなかったことに、正樹は幾分まごついたが野暮な真似はしたくない。


『そうか。なら仕方ないな』平然として答えた。


すると、リンはこう切り返してきた。


『正樹さんは明日休み?遅くなってもいいなら大丈夫なんだけど…』


遅くなるというのは、明け方近くのことではないだろうか。


正樹にしてみれば、相手がリンでなくてもかまわない。


彼女に特別原因があるわけではなかった。


菜々子以外の女は全員同列なのだ。


正樹が躊躇っていると、リンは淋しそうな声を漏らす。


『何時になるかわからないし…正樹さん寝ちゃうよね』


それに釣られ、ほぼ反射的に正樹は答えていた。


『嫌、大丈夫だ。終わるまで待ってるよ』


数十分後、正樹はリンを誘ってしまったことを激しく後悔することになるのだが、この時の彼には知る由もなかった。
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