愛、シテあげる。番外編


「まさひこさん、あついです」

保育園に向かう道、健康のためとわざと歩いて登園している僕達。今日は真夏日で、肩に下げた小さな水筒の中身は既に空っぽだった。


「そうだね。麦茶飲むかい?」

「はい。ください」


大きな水筒に入った麦茶を、水筒のコップ状の蓋に注いで僕に渡す。大きな水筒では僕が飲みづらいと思ったんだろう。優しい人だ。


礼を伝えてから、ごきゅ、ごきゅ、と一気に飲み干す。

「もう一杯飲むかい?」


「だいじょうぶです。ありがとうございます」


蓋を返すと、昌彦さんは微笑みながら水筒を片付ける。

「蓮、」


「なんですか」


「私の前では、敬語でなくても良いんだよ?」


「………くせですから」




痛いところを突かれたように胸が苦しくなって、昌彦さんから目を離す。


「そうか。無理してないならいいんだ」


「はい」


昌彦さんは、ポン、と頭を撫でてくれた。やっぱり優しい人だ。この人は、僕の気持ちを分かってくれている。



実の両親が事故に遭ってから、僕は敬語を使うようになった。無意識といえば無意識だけれど、強いて言えば人と距離を置くことが出来る気がするからだろう。
人と距離を置けば、その人とトラブルが起こったりその人に何かあっても、傷つくことは少ない。幼いながらも、大きな悲しみに対しての自己防衛を覚えていた。


「蓮、もうすぐ保育園だよ」



昌彦さんの言葉を聞いて、僕はリュックから子供らしい小さなタオルを取り出した。
それで顔や首筋に伝う汗をせっせと拭き取る。

昌彦さんに『人に会うときは、身だしなみをきちんと整える』ことを教わったからだ。


決して強制ではなく、僕がその考えに納得したから、自分で勝手にやっている。


そして昌彦さんはそんな僕を見て、ちゃんと誉めてくれるんだ。


「自分で考えて行動できるなんて、蓮は頭のいい子だね」



柔らかな口調。頭を撫でる大きな手。
触られるのは苦手だった。でも、昌彦さんなら嬉しい。
僕は実の父親と同等にこの人も好きで、尊敬しているんだ。


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