世界が終わる前に
それはとても久しぶりに聞いた声で、一瞬、誰だか本気でわからなくなった。
「……奈緒?」
濁りのない澄んだこの低音を聞いたのは、一体いつぶりだろう。
ピリッとしたような緊張感に包まれた私は、ゆっくりと後方へと振り向いた。
視線の先、静かに溶け込むかのように佇んでいたのは――…
「お、兄ちゃん……?」
…――実の兄、香介で。
お兄ちゃんは酷く怪訝を孕んだ視線をこちらに向けながら「何してるんだ?」と呟いた。
「……え?」
久しぶりに交わす会話は、至極他人行儀なそれで、思わず疑問の声を出してしまった。
「あいつ……今の男、誰だよ?」
そう言って、ずんずんとこちらに近寄ってきたお兄ちゃんの焦ったような声色と、いつもの無表情じゃない顰めっ面に違和感を覚えた。