彼岸と此岸の狭間にて
〔3〕         

葵を見つめる雪之。               
葵は川の真ん中の大きな石に座って釣り糸を垂らしていた。        

川辺では綾野が野菜を洗い、その側で雪之が米を磨(と)いでいた。              

「兄上の事が好きなのですね!?」

「いえ、そんな…」

雪之は慌てて葵への視線を打ち消した。

「私は雪之様が私の義姉様になってくれたら嬉しゅうございます」

雪之は何も言わずにただ顔を真っ赤にして米を磨いでいた。



葵が江戸時代にタイムスリップして2ヵ月が経とうとしていた。

山中はいつお呼びが掛かるかも知れぬと1日中待機している有様で、この1ヵ月ろくに稼ぎがなかった。貰った支度金も底を尽き始め精神的にも参り掛けていた。

そこで葵と綾野が気分転換にと『目黒川』に妻の幸恵共々誘い出したのである。                               
幸恵は川原の小石の上に敷いた『御座』の上に三女の珠美と伴に座っていた。長女と次女はその回りで遊んでいたが山中の姿はなかった。                                                                                              
「お〜いっ!!」                
上流の方から声がする。山中だ!                                                 
「大漁、大漁!入れ喰いで御座った」                   
魚籠(びく)一杯に川魚が溢れている。                  
それを見て子供達は大喜びである。



「葵殿〜っ、釣果(ちょうか)はどうで御座るか〜っ?」               
葵が岩場の上で右手の3本指を立てる。                  
「あははは、左様か。もうそろそろ魚を焼きましょう!!」                  

葵は釣り竿と魚籠を持ち膝下迄の浅瀬の川を歩いて戻って来る。
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