【ほのB】リトル・プリンス
本番
 

 ……そして、その時がやって来た。


 僕が、とうとう。


 椿姫を踊る時間だ。



 椿姫は、豪奢な生活に慣れた高級娼婦が、一人のウブな若い男の情熱にながされていく物語だ。

 最初は、若者をからかっていた娼婦が、もしかしたら、自分も本当の恋が出来るんじゃないか……と思い、恋に本気になってゆく。

 だけども、その行く手には。

 高級娼婦の女を嫁にしたくない男の父親だの。

 女のパトロンだの。

 女が抱えた病気(結核)だの、二人の前途を阻むものが山ほど出て来た挙句。

 最後は、二人がちゃんと結ばれないまま、女が死んでしまう悲劇の物語で。

 元は、小説だった原作が、オペラになり。

 ショパンの曲に乗せたバレーになりした、傑作なんだけとも。

 僕の踊る『椿姫』は。

 そんな、芸術性を無視した、下品な。

 ただ、エロいだけのダンスだ。


 一応、予定はあっても。

 ともすると、飛び入りまで入って芸を披露するような、街のイベントだから。

 椿姫一曲分の、たかが数分の延長なんて。

 主催者の街役員は、二つ返事で『良い』と言い。

 僕のフラメンコチームだって。

 フラメンコの前に、僕が一曲多く踊る、と言われて『嫌』という奴なんてなかった。

 結局、僕の『椿姫』は誰にも止められないまま。

 どんな踊りか、僕の周りに住んでいるご近所さんには説明が出来ないまま。

 舞台の幕が、今、上がる。
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