夏の鈴



ミーンミーンと庭の蝉が大合唱してる中、親父がふいにある言葉を言った


『あつし、後悔するなよ』


まるで一瞬、時間が止まったみたいに周りの音が無音になった気がした

親父の口癖であり、今まで何回も言われてきた言葉


俺はずっと夢だと思いたかった

親父が居なくなる事が夢であって欲しいと


タイムリープしてどれだけ親父との時間が取り戻せたかは分からない

でも得た物は限りなく沢山あって、ずっと聞きたかった事を親父にこうして聞ける


『親父はなんでいつも後悔するなって言うの?』


『ん?過ちはやり直せるけど、悔いだけは一生残るんだよ』


いつもただの戯言だと流していたけど、親父の胸のうちにはきっと違う意味があったんだと思う


親父は一呼吸置いて、さらに付け加えた


『だからあつし、ちゃんと考えて自分で正しいと思った道に行けよ。父さんいつだってあつしの味方だからな』


チリン…チリン…と風鈴がやけに耳に響く


ジワジワと自分の視界がぼやけていくのを感じた

俺はもう迷わない

最後に…最後に親父に聞きたい事は…………
……


『親父は今後悔してる事はない?』






『ないよ』


親父の顔は優しくて、暖かくて、穏やかだった

俺はきっとこの言葉が聞きたかった



タイムリープしたのは自分の後悔をなくす為じゃなく


親父の後悔をなくす為に来たんだ

チリン…チリン…チリン…


風鈴の音が耳の奥で聞こえる

チリン…チリン……
………チリン…チリン…

…………


『親父、忘れないよ。
親父が言ってくれた言葉、してくれた事、全部忘れないからね』


……………チリン…



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