Fahrenheit -華氏- Ⅱ


親父は血を分けた実の息子にもまるで容赦がない。


親父であり、神流グループを統括する代表取締役会長―――神流 昴(カンナ スバル)


御歳55歳。


この歳にしちゃ、181㎝の長身でおまけに腹も出ていない。


「メタボ?そんな言葉俺の中には存在しないね」なんて笑い飛ばしていたっけ?


なんてことない。若い頃に患った胃癌で、胃を3分の1摘出してるからそんなに食えないだけ。


髪はいつもきっちりオールバックにセットしてあって、染めてるのか地毛なのか一房銀色のラインが入っている。


髪と同じぐらいきっちり整えた口ひげをたくわえ、着ているものはイタリアのオーダーメイド高級スーツ。


頭のてっぺんからつま先まで嫌味な奴だ。


おまけに声も渋い。


会社の女性社員たちはあいつのことをキャーキャー言って色々噂している。


秘書課の長(オサ)で俺の同期の木下 綾子(キノシタ アヤコ)もその内の一人だ。


夜、高級ガウンを羽織ってブランデーグラスを傾け、葉巻を銜え優雅にクラッシックを聞いていそう、とか勝手な想像が横行している。


だけどあいつはガウンじゃなくて、年中浴衣を着ているし、ブランデーじゃなく焼酎が何より好きだ。


タバコは昔からマイルドセブン。病気をしてから止めてるけど。


クラッシックは好きだと思うけど、歌手の谷村 新司をこよなく愛している。


口ひげだって、谷村 新司を意識してるに違いない。


携帯から「さらば~昴よぉお」なんて着メロを聞いたときにはドン引き。
※『昴』は谷村 新司さんの名曲です



と…まぁうちの親父だって、普通の家庭のオヤジとさほど変わらない。


だけど仕事になると人が変わる。


一切妥協はしないし、容赦もない。ついでに言うと情けの欠片もない。


いわゆるワンマン社長という奴だ。


だからかな。



社内には親父を初めとする神流一族、(常務取締役や専務取締役がそれに入る)を押す一派と、副社長の緑川を押す一派が存在しているのだ。





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