Fahrenheit -華氏- Ⅱ


それでもやっぱり資料室に行くのは気が引けた。


俺は会社の女の子の慰め方を知らない。


遊び相手の女たちには、愚痴を聞いてもっともらしく頷き、甘い言葉を囁いて甘いキスを交わして、ベッドに入ったら大抵はケロっとする。


それに俺は自分の前でグチグチ愚痴を漏らす女はあまり好きじゃない。


女たちも心得ているのか、愚痴るのは最初のうちだけで、あとは“楽しい”お付き合いだ。


だけど社内の女子相手となると…


いつも指示する側だったし、男には厳しいけど女の子には滅多なことがない限り叱ったりしない。


だけど、ぐだぐだ考えていても俺の方も仕事が進まない。


行くしかないかぁ…


そろ~っと資料室のドアを開けると、書棚の影に緑川の丸まった背中を見つけた。


しゃがみこみ、ひっくひっくとしゃくりあげる声が聞こえる。


俺は緑川の背後までゆっくりと歩いていき、


「………大丈夫かよ」


遠慮がちに声を掛けた。


緑川は声を出して泣きながら、ちらりと振り返る。


涙でマスカラが落ちて、目の周りが黒くなっていた。


派手に泣いていたようだ。


俺も緑川の横にしゃがみこみ、彼女の肩を軽く叩いた。


「ミスなんて誰でもあるもんだ?それに村木はああゆう性格だから気にするなって」


俺の言葉を聞きながら、緑川は涙で曇った視界をまばたきさせ、


いきなり俺の襟元を掴んできた。


びっくりして目を開くと、


「ぅわぁぁあああああん!」


と派手に声を上げて、泣き出した。




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