Fahrenheit -華氏- Ⅱ


「セクハラ…」


くっくと裕二が口元を覆いながら笑いを堪えている。


おい、裕二!笑うなら全面的に笑え!!


と怒りながらも俺は瑠華の髪から手を放すと、瑠華がちょっと迷惑そうに髪を直した。


「セクハラ」


瑠華がちょっとだけ振り返りもう一度唱えると、つんと顔を逸らす。


だけど振り向きざまに、


「……びっくりした…」


と、殆ど聞こえないような小声で一言ぽつり。


びっくり…してないよね、その表情は……


でも、え…


今のって、まさかまさかの独り言!?


って、突っ込むとこそこじゃねーだろ、俺。


まぁ裕二で良かったよな。こんな場面、他の社員に見られたらいい訳できん。


瑠華は「セクハラされてました」なんて言ってそうだが。


まだ早鐘を打っている心臓を宥めるように、俺は胸に手を置くと、


バタン!


またも資料室の扉が開いた。


びくぅ!


「啓人ー。俺の車のキー知らない?」


入ってきたのは桐島だった。


桐島か…良かった。って、良かったも何もやましいことはしていないが。


後ろめたいことがあるときってどうして、こうびくびくなるのだろう。


「ってか桐島、お前出たんじゃないの?」


「キーが行方不明。さっきのエレベーターに落ちてなかったし、もしかして二人が知ってるのかもって」


と言って桐島が俺と裕二を見て、瑠華が「さっき?」と不思議そうに首を傾けた。




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