ささやかではありますが
待ち人来たりて
走る、走る、走る。
水溜まりが靴を濡らすのも構わずに。
車がTシャツの裾までぐっしょり濡れるくらい水を撥ねても構わずに。
さしてる傘なんて、最早意味を為さない。
それでも走る、走る、ひたすら走る。



静香(しずか)から電話を受けてから10分。
駅に着いた途端、いきなりの雷雨で、傘を持ってなかったという静香からのSOSが。
珍しく今日はバイトが早く終わって、既に家でのんびりしてた俺。
窓の外の土砂降りなんて完っ全に人事だと思ってたのに、まさかまさか、好きな人が渦中にいるとは。


『謙(けん)、今おうち?あのね、面倒じゃなかったら迎えに来てくれないかなあ…なんて』


面倒なわけがあるかい。
わざと「しょーがねーなー」って良いながらも、二つ返事で俺はOKと言った。
俺と静香は住んでるところが近い。というか、最寄り駅が同じ。
でも、こんなお願いは過去になかったような気がする。




静香じゃなかったら、別にのんびり歩いて行けばいーんだけど。
静香が駅で寒がってるんじゃないだろうかとかそんなことを考えちゃったら、自然と速まる足。
速足通り越して、仕舞いには駆け足。
道行く人がちらちらと俺を見てる、でもそんなん気にしてられない。





「やだ、ずぶ濡れ!」


改札出てすぐのところに静香がいたんだけど、俺を見つけるなり第一声がそれ。


「…こんな大雨じゃ、傘さしてたって意味ねぇって」


まさか「走ってきました」なんて恥ずかしくて言えるわけもなくて、咄嗟の言い訳が出る。
切れる息もなんとか隠して。
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