ささやかではありますが
お隣さん《椎名の場合》
引っ越すにあたり、ちょっと悩んだことがあった。
「隣の人に挨拶をすべきか否か」。
東京だし、下手に隣の人と顔合わせない方がいいかな…。
そんなことをレコーディングの合間にシュウに話してみたら、くるくるとスティックを回しながら、


「別にしなくていーんじゃねーの?」


という返答。


「そーだよね。何が住んでるか分かんないし。今の家に引っ越したときも、なんか怖くてやめたし」

「うん、必要ないって。……あ、でも…」


シュウはスティックを回す手をぴたりと止めた。


「『でも』、何?」

「や……椎名、こないだ部屋でギター鳴らしてて壁叩かれたって言ってたじゃん」

「うん」


曲作りに没頭してしまい、深夜だというのをすっかり忘れてかなーり激しく音を出して、隣の人にドンドン壁紙叩かれちゃったんだっけ(それも両隣から)。


「迷惑かけんの目に見えてるんだから、一言声掛けとけば?」

「……そーっすね……」







運がいいことに新しい部屋は角部屋で、挨拶するのは一人で済む。
引っ越しの片付けが粗方片付いた夜、安い菓子折りひとつ片手に隣の部屋の前へ。
夕方来てみたらまだ帰ってきてなかったんだよなー。
今はなんとなく気配がするから、帰ってるかな?
社会人か学生か。男か女か。
表札なんて出てないから、何ひとつ情報はない。
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