君しか愛せない


「ね。名前、なんて言うの?」

時任の出現により存在を忘れかけていた村井が再び俺に声を掛けてきた。

「ああ、黒澤葵。よろしく」

「黒澤先生ね。こちらこそよろしく。ところであたしは12HRの副担任になったんだけど、時任先生と黒澤先生は?」

そういえばまだ探している途中だった。
再び表に目を向けると、一番最後の17HRの副担任の欄に自分の名前を見つけた。
1年生の担当とは願ったり叶ったり。
1年生の担当だとわかった途端、その下の出席番号順に並んだ生徒の名前を確認していまうのは仕方ないだろう。
同じクラスだったら、なんて期待に胸を膨らませて。
いや、でも世の中そんなに上手く行く訳がないか。
しかし俺は名簿の中から見付けてしまった。
“黒澤小春”という名前を。
いつか小春が通う高校で教師として、少しでも長く小春と一緒の時間を過ごしたいと目指した職業。
3年間のうちでどこか1年だけでも一緒に過ごせたらいいと思っていたが、まさかその“いつか”が、こんなにも早く訪れるなんて夢にも思っていなかった。
小春の通う高校へ転勤になり、小春のクラスを受け持つ。
一体どれだけの偶然が重なってこの奇跡が起きたのだろう。
きっと俺はもう、一生分の運を使い果たしてしまったに違いない。
だとしても、それに匹敵するくらい俺にとっては価値のある事だった。

「黒澤先生どうしたんですか?顔、ニヤけてますけど……」

村井の指摘に慌ててポーカーフェイスを取り繕おうとするが、時既に遅し。

「べ、別にニヤけてなんか……!」

「さては目をつけた生徒でもいるのか!?」

「だから、違いますって!!」

図星ではあるが、小春とどうこうなれる訳でもない。
ただの“兄と妹”なのだから、特に言う必要もないだろう。

「本当に、そんなんじゃありませんから。ほら、早く行かないとHR遅れますよ」

話の腰を折るように俺は2人を急かし、半ば無理やり各々の教室へと向かわせた。


< 6 / 30 >

この作品をシェア

pagetop