ももいろ

【ホスト・1】


あれ以来、調子が悪い。

空に浮かぶ大きな入道雲を眺めながら、あたしは恨めしい気持ちになった。

八月になっても、あたしは梅雨のまま。


「あれ?今日も仕事?」

家を出ようとした時、司くんが起き出してきた。

今日はさっき帰ってきたんじゃないの?

司くんの睡眠時間ってどうなってるんだろう…。

「うん。いってきます」

「いってらっしゃい」


あたしは最近、出勤を増やした。

一人でぼんやりしていると、余計なことしか考えられなくなるから。

だったら、仕事モードで自分を押し殺している方が楽。

あれ以来…司くんに酔っぱらってキスされてから、もやもやが晴れない。

別に、大したことじゃない。

司くんは覚えてないし。

今までと変わらず接しているけれど、あたしは司くんに申し訳ない気持ちになってしまう。


あたしなんかに触ると、汚れちゃうよ…。


司くんは眩しい。

あたしには何も言ってこないけれど、バンドがうまくいってるようで、昼間に司くんの部屋から聞こえてくるギターの音がなんだか嬉しそう。

最初の頃は、あたしに遠慮して静かにギターをいじっていたけど、普通に音出して構わないよと司くんに言った。

「いいよ、ヘッドホンしてやってるから。サツキさん、うるさいでしょ?」

「ううん。気にしない。家で音楽流れてるのって、新鮮な感じがしていいし」

「でも俺、適当に弾いてるから、わけわかんない音が途切れ途切れでするだけだよ?気が散らない?」

「いいの」

「そう?」

それ以来、昼間は司くんの部屋からギターの音が聞こえるようになった。

いい曲だなぁと思いながら、リビングで聞き耳を立てていると、途中でつっかえたり、

「あ、間違った」

とブツブツ言ったりするのが聞こえてくる。

めったに家で歌わないけど、それでもたまにハミングしながらギターを弾いているときがある。

そんな時は、ちょっと得した気分になる。

司くん、いい声してるなあ。

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