AKANE
ふと朱音の頭に、空に浮かぶ二つの月の映像が過ぎる。
(あれはきっと何かの間違い、そう、そうに違いないわ・・・) 
 狼狽する朱音の背後で、ガチャリと部屋のドアが開いた。
「あら、お目覚めでしたか」
 若い娘が姿を現した。そばかすだらけの娘は見慣れた黒髪の日本女性とは程遠く、茶味がかった髪をひとつに小さく纏めている。
「すぐにフェルデン殿下を呼んでまいりますから、もう少しベッドでお休みになってお待ちくださいね」
 侍女のような服に身を包んだ娘はくるりと踵を返すと急ぎ足で部屋を出て行った。
 一体ここがどこなのか、どうして自分がこんなところに来てしまったのか、一人で考えてはみるものの、情報の乏しい現状ではどうしようもない。
 そのことに気付いた途端、ジクジクと痛みを発し始めた足の裏をおそるおそる覗き見ると、巻かれた包帯からじわじわと血が染み出してきていた。
「・・・・・・」
 観念して、朱音は痛む足を引きずりながら、元いたベッドまで戻ってくると前のめりにダイブした。
 ふかふかとしたベッドは朱音の起こした衝撃をものの見事に飲み込んではくれたが、当の朱音はうつ伏せに倒れたまま両の手で頭を抱え込んでいた。
「目が覚めたんだな」
 突然背後から聞き覚えのある男の声が降ってくる。
 慌てて身体を反転させて振り向くと、昨晩、山の中で見たあの金髪の青年、フェルデンが柔らかい笑みを浮かべてそこに立っていた。
「足・・・、出血しているな。しばらくは歩くのを控えた方がいいだろう」
 心配そうなフェルデンの顔をじっと見つめたまま、朱音は静止画のように動かなくなった。
 それというのも、昨晩は暗がりの中であまりよく見ていなかったが、フェルデンの容姿はあの碧い瞳の男、アザエルに負けずとも劣らない、彫刻のように美しいものだったのである。
 細身で女性的な印象を与えるアザエルに比べ、フェルデンの身躯は鍛え抜かれた男らしい印象で、短い金の髪はきりりと引き締まった美しい顔を更に上品に見せていた。透けるようなブラウンの瞳は、まだほんの少し少年の頃の名残を残していて、朱音への純真な興味の色が伺える。
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