AKANE
 ルイが慌てて口を開く。
「はい、えっとこの人は、王都マルサスで近頃名の知れる腕利きの美容師です。魔城にも何度も彼を呼びつけ、クロウ陛下の衣装のデザインや整髪にも関わっていました」
 ニコリと微笑むと、濡れた髪を掻き上げ、後ろへなで上げると、クリストフは優雅に頭を下げた。
「笑わせるな。ただの美容師だと? 貴様程の魔力を持つ美容師がいる筈などない。貴様、軍の出だな・・・」
 クリストフはアザエルの言葉に返事はせず、肩を竦ませる程度におさえた。
「閣下、おっと、元閣下でしたか。今はわたしをどうにかしようなどと考えるのはよしてください。貴方は今魔術を封じられているでしょう? 普段の貴方ならばわたしなど捻り潰すことは容易いですが、今の貴方はわたしに敵わない」
 クリストフの言動に、アザエルは冷ややかなな視線を送った。
「何が望みだ」
 気がつくと、赤音はアザエルに向けて駆け寄っていた。
 アザエルを見上げ、その胸のローブを掴んで無我夢中で揺さ振っていた。
「フェルデンはどこ!? 彼はどこにいるの!?」
 無表情のままアザエルは何か呟くと、朱音は目を見開き、揺さ振る手を止めた。何か相当ショックを受けることを言われたようであった。
「クロウ陛下。フェルデン殿下は街医者フレゴリーの診療所です。以前に受けた傷が悪化し、あまり状態がよくない」
 驚いたことに、そう口にしたのは誰でもない、ユリウス自身だった。
 少年王はひどく焦ったようにクリストフを見返していた。謎の美容師も、こくりと一つ頷いている。おそらく、すぐにでも診療所に駆けつけるつもりであろう。
 ここにいる少年王が、ひょっとするとフェルデンの寝首を搔くつもりかもしれないのに、なぜかフェルデンの居場所をこの少年王に教えてしまった自分にひどく驚いていた。
「アザエル、わたし、やっぱり行かなきゃ。彼には絶対に顔を合わせないようにするから・・・」
「止めたところで、陛下は行ってしまわれるのでしょう」
 呆れたように溜め息をつくと、アザエルはくるりと背を向けて歩み出した。
「おい! どこへ行く気だ!」
 ユリウスが立ち去る碧髪の魔王の側近の後姿に投げかけると、彼は嘲るようにこう返答した。
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