AKANE
 しかし、二度目にアザエルにこのレイシアに連れ去られてきた際鏡の洞窟で感じた、ブツリと元の世界と切り離されたような感覚は今でも妙にリアルに朱音の記憶の中に蘇る。時折思い出しては不安と焦燥に駆られて胸が張り裂けそうになる為、なるたけ考えないようにしていた。
 あれこれと思いを巡らすうちに、夜がすっかり更け、深夜にベッドを抜け出すという日がこのところ毎晩のように続いている。
 リーベル号に乗船してからというもの、もう一週間という日が経過していた。
 この船唯一の客室で寝泊りしている朱音達だったが、片時も離れようとはしないルイとは違い、なぜかクリストフは時折二人の前からふと姿を消すことがあった。
 この晩もクリストフの簡易ベッドは蛻(もぬけ)の殻で、となりのベッドですやすやと寝息を立てているルイはそのことに気付いてはいないようだった。
 “あちこち船内を歩き回らないように”
っと、きつく釘を刺されていた朱音だったが、こうも目が冴えてしまうと、なかなか寝付けないもの。決まって目が覚めたときにベッドを空にしているクリストフの不在をいいことに、甲板に出て夜風に当たる、というのが密かな習慣になりつつあった。
 ルイを起こさないようにこっそり抜け出した客室。薄手の寝具はクリストフが調達してきた洒落たデザインのネグリジェだ。
 海の上は風が冷たく、朱音は薄紅色のガウンを着込むと、甲板の船尾に立って、じっと暗い海の景色を眺めた。
 海は嫌いじゃなかった。元の世界でも、何度となく夏には海を訪れ、南国でのシュノーケリングに憧れたりしていたものだ。志望校に合格したら、親友達と晴れて卒業旅行で沖縄に行く計画まで立てていた。
 それがどうだ、もうこの世界に来てからどれくらい日が過ぎただろうか。
 今頃、受験日が数日に迫っているかもしれない。いや、ひょっとしてもう過ぎてしまったかも・・・。
< 170 / 584 >

この作品をシェア

pagetop