AKANE

 




「姉ちゃん」
 久しぶりにこんなにも穏やかな気持ちで眠ったかもしれない。こんな安眠を手にしたのは、何週間、いや、何ヶ月ぶりだろうか。
「姉ちゃん!」
 熟睡程の幸せは無い。いつまでも、この柔らかい布団に寝そべっていたい。
「おい! お姉ちゃんったら!」
 思い返せば、どうしてここ最近はこんな眠っていなかったんだろうか? と、ふと疑問が浮かび上がる。けれど、今となってはどうでもいいことのようにも思える。
(ま、いっか。きっと受験勉強にでも勤しんでたせいだな・・・)
 なんて暢気に寝返りを打とうとすると、
「このやろう! いい加減にしろ!」
 と乱暴な怒鳴り声と同時に幸せの為の“布団”という魔法を無理矢理引き剥がされる。
「・・・っさいなあ・・・。人がせっかくいい気持ちで寝てるっていうのに・・・」
 重い目をこすりながら、朱音はのっそりと起き上がった。
 まだ半分夢の中にいるような気分である。
 見慣れた自分の部屋と、壁に貼られた人気アイドルグループJ’sのポスターが視界に入ってくる。参考書とノートが開けっぱなしの勉強机には、食べかけのジャガリコの容器が載っかっている。
 湿気てしまっていなければいいが・・・、とちょっぴり不安に駆られる。
「姉ちゃん、もう昼だぜ? 母さんがいい加減起こしてこいって」
 ぶすっと不機嫌に引き剥がした布団を床にばさりと置くと、真咲が言った。
「ああ、もう、わかったってば」
 嫌々ながら姉を起こしに来たことは賞賛に値するが、今の朱音にはそれさえも腹立ちの要因となりえる。
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