AKANE
 確かにアザエルの言うように、そのような不思議な感覚に見舞われることは何度かあった。信じたくないのに、魔王ルシファーの亡骸を目にしたときの衝撃。あれは“悲しみ”という感情に他ならないのではないだろうか。
 同時に、フェルデンのゴーディアを深く憎む姿が脳裏に浮かぶ。
 十年前、幼い妹を魔族の手によって殺されたと打ち明けてくれたあのひどく淋しそうな顔を・・・。そして、君も妹と同じような運命にさせたくない、と呟いたフェルデンの横顔。
 もし朱音が憎き魔王ルシファーの子だと知ったら、彼はどんな顔をするだろうか? 今までと変わらない微笑みを向けてくれるだろうか? あの優しいフェルデンに、冷たくされることや、憎しみの目を向けられることを考えると、朱音は絶望の淵に立たされた気分になった。
 アザエルはそんな朱音の手を緩やかにとると、その甲に触れるだけのキスをした。
 かっとなって、朱音はその手を振り解く。
(この男は、わたしが絶望したり悲しんだりする反応を見て面白がっているんだ・・・。どこまでも魔王ルシファーの僕(しもべ)で、わたしのことを本当に考えてはくれていない・・・。この人が見ているのは朱音ではなくてクロウ王子だけ)
 まるで何も感じないかのような整ったアザエルの顔に、朱音は吐き気を覚えた。
「わたしに触るな・・・!」
 小刻みに震えながら、アザエルに口付けられた手を庇うと、視線を決して合わさぬよう、じっと石の床を睨みつけていた。

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