AKANE
「アカネ様・・・、何か私達にできることはありませんか?」
 侍女の一人が堪らずに小声で囁いた。朱音は、そんな侍女の心遣いに感謝しつつも、悲しそうな目で小さく首を横に振った。
 儀式のときは刻一刻と迫っていた。えらく長く、そして短い時間のようだった。
 
城の地下にある儀式用の大広間に連れられた朱音の心は、もうすっかり麻痺してしまっていた。ただ、もう考えることに疲れ、そしてどうでもいいという諦めだけが心を支配していたのだ。
 壇上には以前目にしたのと同じ、真っ黒な彫刻が施された棺が置かれ、その隣には石の寝台が設置されている。棺と寝台は数人の灰のローブを羽織った者達に囲まれていて、その者達の表情は深くフードを被っているせいで見えない。
足元には炭のようなもので描かれた見たこともないような文字や絵で敷き詰められていた。壇上より下は、ゴーディアの政治関係者と思われる人物十数人が、歴史的な儀式の一場面を目に収めようと、緊張した面持ちでじっと様子を見守っていた。石の寝台の端には、怪しい光を放つ短剣が置かれている。
 朱音は寝台に寝そべる瞬間、ふと隣にある棺の中を覗き見た。棺の中には、真っ黒な服に身を包む、朱音と同じ年頃の少年が静かに横たわっていた。魔王ルシファーと同じ漆黒の髪は、二百年の年月の間に、恐ろしい程長く伸びていた。それに、この少年はまだ少年の姿をしてはいるが、魔王ルシファーの生き写しのような妖しい容貌をしていた。
(これがクロウ・・・)
朱音は複雑な気持ちでそれを見つめると、朱音はゆっくりと寝台に仰向けに寝そべった。
 寝そべる瞬間、ちらりと視界の端にあの碧い髪が入ってきた。当然のことながら、あのアザエルも儀式に立ち合っているということだ。
 あの男は、今のこの時をどれだけ心待ちにしていたことだろうか。忠誠を誓う魔王ルシファーの最期の命を全うできるこの時を。きっと、今冷たい微笑を浮かべているに違いない、そう思うと、朱音はひどく腹立たしく思った。
 
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