AKANE
 珍しい肌の色や黒髪と少々風変わりではあったが、平凡な人間の少女であった。
 傷の手当を終えた後に、
「ありがとう」
と、感謝の言葉を述べられたとき、実はフェルマンは少々驚いていた。城で働き始めてからというもの、そんな言葉を言われることがなかったからである。 しかも、それは治療の度に繰り返されたのだった。
 騎士団を率いる忙しい身のフェルデンであったが、日々の公務の後、必ずと言っていい程、アカネを気に掛け部屋を訪ねていく姿をよく見かけたものだ。
 ふと、幼い姫君と一緒に戯れる、少年時代のフェルデンの姿が思い出され、もしかすると、フェルデン閣下は亡くなられた姫君に面影を重ね合わせているのかもしれないな、とフィルマンは勝手な解釈をした。
「殿下、どうかベッドに・・・」
 フィルマンがはてさてどうしようかと焦り始めたその時、
「入るぞ」
という声と同時にヴィクトル王が姿を現した。フィルマンは咄嗟に礼をとった。
「兄上・・・」
 驚いた表情でフェルデンは兄であるヴィクトル王の顔をしばし見つめた。
「部屋の前を通った際に、お前とフィルマンのやり取りが耳に入ったのでな。
どうやらまたフィルマンの手を煩わせているようだが?」
 昼間の王の顔とは違い、ヴィクトルはフェルデンの年の離れた兄の顔に戻っている。
「フェル、一体どの位眠り続けていたのかを知っているか? お前は三日間も眠り続けていた・・・。一体あの夜何が起こったのだ?」
 フェルデンは三日という言葉に愕然とした。
 あのアザエルならば三日あれば既にこの大陸を離れているかもしれない。あれから三日経っているとすれば、あの男に追いつくことはかなりの困難を極めるだろう。
「おれはそんなに眠っていたのか・・・」
「正確には、瀕死の重傷だったと言えるだろう」
 ヴィクトルは、フェルデンの背に腕を回し、ベッドに戻る手伝いをした。今度はそれに素直に従った。
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