AKANE
「あ、あなた、誰・・・?」
 瞬きをするのも忘れて、大きく目を見開いた朱音はかろうじてその言葉を発することができた。
「私は魔王陛下の側近、アザエルです」
 男の言葉の意味が理解できずに、咄嗟にまだ自分が夢の中にいるのではないかと、朱音は首を捻った。
「魔王陛下・・・?」
 気がついてみると、ここは屋外。月の光が妙に明るいのはそのせいだったのだ。
「えっ、ここどこ!?」
 これが夢でなければ、朱音は謎の外人に自宅から抱きかかえられたまま外に出て来てしまっているということになる。しかも、男が今歩いているのはどこかもわからない山の中。
 さやさやという葉の音やどこかで梟が鳴く声がする。ジーという虫の声はますます周囲の静けさを際立たせていた。
「時空の扉です。考えていていた以上にあなたを見つけ出すのに時間がかかってしまいました。扉の向こうでは既に追手が迫っています」
 身動きがとれない体勢の中、朱音は無理矢理首を起こすと、視界に入ってきた信じられない光景に絶句した。
 
 山の奥のほんの少し開けた場所に、暗闇の中ぽっかりと口を開ける金色の光。穴の大きさは人が一人腰を屈めてならなんとか収まる程のものだ。
 しかし、光は今尚縮み続けていて、あと数分もすれば人さえ入り込めない程になってしまうだろう。
「ま、待って待って! 時空の扉って?」
 嫌な予感がして朱音はもう一度この腕から逃れようと身動ぎして声を張り上げるが、
「申し訳ありませんが、今はゆっくり話している時間はありません」
というアザエルの厳しい言葉に制され、朱音の言葉は掻き消される。
 腕の中で暴れる朱音の身体を一際強く抱き締めると、無言のまま光の中へと足を進めていく。
「放して! 一体わたしが何したっていうの?」
 光の中に吸い込まれる瞬間、朱音の声が山の頂上に木霊した。

 この時の朱音はまだ、自分を待ち受ける数奇な運命を知る由も無かった。

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