AKANE
「クロウ殿下、どうかなさいましたか?」
 声さえもこんなに似ているのに、ルイとロランは明らかに別の人物であった。これを知っていて傍に置いたアザエルはどこまでも朱音を苦しめるつもりらしい。目を細め、ここにはないあの美しい碧い男を憎らしげに思う。
「何でも無い。よく知っている友達によく似てたから・・・」
 あの男が憎くても、この少年には何の罪もない。朱音は、見ればサンタシを思い出して辛くなる従者の少年の顔を、黒く美しい目を少し悲しい色に染めながら、じっと見返した。ルイは、困ったように微笑むと、この世のものとは思えない美貌の主にほんの少し頬を赤く染めた。
「そういえば、あいつは?」
 朱音は急に不機嫌になった声でルイに尋ねた。
 ルイは首は一瞬首を傾げるが、
「ああ、アザエル閣下ですね? 閣下は、本来の仕事である国政の任に戻られました。国王陛下不在の今、アザエル閣下がゴーディアの最高権力者です。今や閣下なしでは国は動きえません」
 ルイは、まるで憧れる先輩について話す中学生のように、熱の篭った口調で朱音に言った。憎しみですっかり忘れていたけれど、アザエルはルシファーの右手と呼ばれる程の存在だった。ゴーディアで“閣下”と呼ばれる地位にいたところで、何ら不思議はない。何にせよ、あの見ただけで吐き気を催す憎い顔を見ないで済むことは、朱音にとっては唯一の救いであった。
「そう」
 ほっとして思わず顔が綻ぶ主の顔を、ルイは不思議そうに見つめた。
「そうだ。クロウ殿下、髪を整えるようにとアザエル閣下から申し付けられています。午後から美容師を招いておりますので、そのつもりでいらっしゃってくださいね」
 にこりと微笑むルイは、朱音の髪をちらりと見やった。思い出したように、朱音は黒く艶やかな髪を摘んでみた。昨日のことを思い出してはっとする。
癇癪を起こして警護にあたっていた兵士の剣を奪って、強引に切ったクロウの長い髪は、すっかり不揃いですっかり短くなってしまっていた。クロウの身体だというのに、自分勝手なことをしてしまったと少しばかり反省はしてみるが、やっぱり軽くなった髪の方が朱音にとっては心地良かった。

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