AKANE
「よって、今回の事情は全てわたし個人の起こしたこと。国家は何も関わってはいないということだ」
 やられた、とフェルデンは氷のような男を臍(ほぞ)を噛む想いで見つめた。
 こちら側は、ゴーディアが起こした条約を蔑ろにするような行為を引き合いに出し、有利に会談を進める手筈だったというのに、この狡猾な男は国王が死去したという事実を提示し、自分一人が罪を背負うということで、ゴーディアの立場をサンタシと同等のものへと見事引き戻して見せたのである。
「そうですか。しかし、いくら国王の意思ではないとは言え、貴方はルシファー王の側近。国家間を揺るがすような不穏な行動を、見逃す訳にはいかない」
 ユリウスは感情に任せて掴み掛からないで自らの任を果たそうとする賢明な上官の姿を、固唾を呑んで見守っていた。
「貴殿の言うことは正しい。わたしの身柄はサンタシに委ねましょう」
 まるで他人事のような口振り。
 憎い男の身柄を得ることができ、この男に勝利した筈なのに、なぜかまんまとしてやられたという敗北感がフェルデンの癪に障る。
 最初から、アザエルの狙いはここにあったのかもしれない。ユリウスは漠然とそう思った。そして、ここにいる碧髪碧眼の男を、恐ろしいとも。
「しかしながら、今日は大切な日。わたしは逃げも隠れもしまい、あと少しの間待っては貰えないだろうか」
「大切な日? 復活祭は三日前に済んだ筈では?」
 フェルデンが怪訝そうに眉を顰める。アザエルが言う祝いの日が復活祭であるならば、既に過ぎたと山道ですれ違った壮年の男に話は聞いていた。
「如何にも。年に一度の復活祭は大盛況をおさめました。貴殿があと数日早く城に到着していれば、復活の儀式にも立ち合っていただけたというのに。残念でしたね」
 ユリウスは反射的にフェルデンの腕を引っ掴んでいた。
 その行動は正しく、ユリウスがフェルデンの腕を掴むとほぼ同時に、アザエルの濃い藍の詰襟にフェルデンは掴みかかっていた。
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