AKANE
「どうかなさいましたか?」
 異変に気付いたアザエルが朱音に視線をやる。
「えっと・・・。トイレに・・・」
 アザエルがこくりと頷くと、ちらと洞窟の外を見やった。洞窟の外は木々や草が茂っているらしく、どうやらそこで用を足せということだろう。
 もじつきながら、朱音は洞窟から足を踏み出した。
 先程と変わらない筈の山。でもなんだか妙な感じがする。梟や虫の鳴き声がしない。
 ふと天を見上げると、朱音は驚きで目を丸くした。
 月が二つ。
 西の空に大きな三日月が一つと、東の空に小さな満月が一つ・・・。
「え・・・?」 
 もともとアザエルからうまく逃れる為に嘘をついた朱音だったが、ここで初めて自分が置かれている異常な環境に気がついたのだ。
「ここ・・・どこ・・・?」
 呆然として立ちすくむ。
 まるで金縛りにでもあったかのようにその場から動けない朱音に向けて、洞窟からアザエルの声がした。
「お逃げ下さい!」
 その直後、洞窟の中から激しい剣のぶつかりあう音が響き、ときどき数人の男のくぐもった呻き声が漏れる。
 一体アザエルに何が起こったのか。朱音の心の危険信号が点滅し、とにかくここは危険だから離れるべきだと知らせる。なんとか自分自身を奮い立たせ、朱音は駆け出した。
(とにかく逃げないと! 生きていれば後から考える時間はいくらでもある・・・!)
 鋭い野山の草は素足の朱音に容赦なく切り付ける。
「うっ・・・」
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