AKANE
 棺の中で横たわるのは、夢の中で抱き締めた、華奢な少女その人だった。
「アカネ・・・」
 震える手で、フェルデンは少女の額にかかる髪にそっと触れた。
 少女の胸に深ぶかと突き刺さった剣の柄。横たわる朱音の表情は眠っているかのように穏やかである。
「嘘だろ、目を開けてくれ、アカネ・・・!」
 棺の魔力のせいか、朱音の頬はさっき息を引き取ったばかりのようにほんのりと赤みを残していた。その眠る頬に、ぽたりぽたりといくつもの雫が零れ落ち、それがまるで朱音自身の涙のように見えた。
「アカネ、お前を救ってやれずすまない・・・! 元の世界へ帰してやると約束したのに・・・! おれがあの時、あの男からお前を取り返していたら・・・!」
 眠ったまま動かない朱音の身体をそっと抱き寄せると、フェルデンは甘いチチルの実の香りを放つ髪に頬を寄せた。
「可哀想に・・・怖かっただろう・・・」
 フェルデンは胸が張り裂けそうな思いでいっぱいだった。
 出来ることならば、この棺ごとサンタシへ連れ帰り、もっとちゃんとした場所へ葬ってやりたい、そう思った。
 アースに帰ることは叶わなかったが、淋しがり屋の朱音が淋しくないように、せめてサンタシの白亜城の中に墓を建て、いつでも皆の傍にいられるように、と。
「アカネ、愛している。一緒に帰ろう・・・」
 フェルデンは掠れた声でそう囁くと、そっと朱音の唇に口付けた。
 無垢で可憐な少女は、フェルデンがもっとも恐れていた形で手の中に戻ってきてしまった。
 年若い騎士の青年は、生まれて初めて号哭(ごうこく)した。

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