豹変時計
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先に保健室から出た敦之が、廊下を見渡した。
「…いなくなった、みたいだな。」
優貴も保健室から顔を出し、頷く。
「ああ。」
「また吐きそうなときは言えよ?」
敦之が振り向き、はにかむ様に笑う。
「…もう…吐かねーよ」
不機嫌そうに、しかし申し訳なさそうに優貴は視線を落とした。
「よしよし」と敦之が顔を背けて優貴の髪をクシャクシャにする。
優貴が何も言わず、それを受けていたのは
彼が飢えている《家族の愛情》に似たものを、感じ取ったからかもしれない。
▽
再びやって来たグランド。
外はすでに薄暗く、野球部の掛け声も空に吸い込まれて行くようだ。
優貴は半ば這いつくばるように、何かを探している。
「で、何を手伝えばいいんだ?」
敦之は頭を掻いた。
「………あった!」
優貴は何かを手に取ると、立ち上がった。
「これを出来る限り、探して欲しいんだ。」
「はあ。この紙切れを………」
▽
二人乗りの自転車が、S高校の敷地を出た。
「あ〜あ…真っ暗だぁ」
後ろに乗った敦之がぼやいた。
「本当ごめん…」
「いや、役に立てたんなら良いんだけど。」
「役に立つどころじゃない。今日はお前に感謝しっぱなしだ。」
自転車を漕ぐ優貴は、見えない敦之に微笑んだ。
「あの紙、何?」
敦之は優貴の肩に顎を乗せた。
「俺もよく分からないけど…あるヤツの秘密、かもな」
(俺が間違ってなければ………)
「…っ!何して…」
「抱き締めてる。」
「知ってる!離せ!!」
(まさか…藍原まで…?)
「何で。俺のこと嫌い?」
優貴は蛇行運転でなんとか敦之の腕を振り払おうと奮闘した。
「そういう、問題じゃ、ねぇ!!」
腕が離れると、優貴はすかさず自転車から降りる。
「つれねーヤツ…」
「悪かったな…」
「今のは冗談だ」
「そうは思えなかった」
「うん。半分マジだから」
「………」