豹変時計
「…ふ〜……」
(演技の為とはいえ、ずっと息止めてんのはキツいな…)
マサタカは固定されていて血液がたまり気味だった手を組んで、手首をクルクルと回した。
「ちょい、やり過ぎたか?」
小さい後悔に苛まれ頭を掻きながら、マサタカは心拍と涙腺を平常呼吸時の状態に戻す為に、数回の深呼吸に時間を使った。
それが済むと「…大丈夫かぁ?」と左のみぞおちと右の頸部を強打され、まだ立ち上がることの出来ない、
もはや(はたから見れば)被害者の側にしゃがんだ。
「………」
「………」
「…………」
(正当防衛、だよな…?)
微動だにしないその様子に流石に心配になり、マサタカは返事をしない《加害者》の背中を、おずおずと擦(さす)った。
擦りながら、マサタカは《最近やって来た転校生》のことを、思い起こしていた。
▽
数日前
マサタカのクラスに、転校生がやって来た。
黒板に記された白線たちは確かに、《岸田 零汰》という形で隊列を組んでいる
教師が生き生きとした表情で紹介するその人物を横目でチラリと見たマサタカは、
(やっぱり…)
珍しく正面に顔を向けた。
▽
これは更に、数日前
「…」
マサタカは、自動車の後部座席から話しかけてきた誰かを見た。
(見たことないヤツだな…)
その人物が自分と同じ歳程の少年である(だろうという)ことを認めると、マサタカは普段は切れ長で《キツい》とも思われがちな眼を、無意識のうちに和らげた。
ホッとしたように、車内の少年は頭を下げる。
陽に焼けすぎた屋外運動部の様な髪の細さや色とは対称的に、その顔…肌は白かった
「突然、すみません。僕は昨日この近所に越してきました、レイタです」
「はい」
車の方向に向き直りながら、マサタカはレイタの話を聞いた。
同時に自分が彼を、《観察している》ことに気付かれないように、細心の注意を払いながら。