天使のキス。
でも、なんて言えばいいんだろう。


あたしはゆっくりと立ち去る悠の背中を見つめ、じっとりと汗ばむ手を握り締めた。


そして、口に出す言葉も決まらないまま、一歩前に踏み出した。


「悠っ、待って。
あのね…」


あたしの声で、ピクリと肩を揺らして悠が立ち止まった瞬間――…


校内放送がながれ、あたしの声はかき消された。


『水嶋悠くん。
水嶋悠くん。
至急職員室まで来てください』


悠は立ち止まったまま空を仰ぎ、そして、あたしを振り返ることなく立ち去った。


悠の残り香が風に運ばれ、あたしの胸を締め付けた。


大好きだった悠の香り。





――あたしは、あれからずっと悠と会っていない。

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