青春の蒼いカケラ
「なおと君はここの生活には慣れたかね?」
「はぁ……まぁ……ここの人達って、皆おとないしい方達ばかりなんですね」
「ははは……まぁ気のいい連中だよ」
 ヒグチさんは、夕方、皆に配られるカップラーメンにお湯を入れてくれる。だからと云うわけでもないのだろうが、皆こっそりとヒグチさんにお菓子を貢いでくる。『ボス』と云うのは、この病棟にあって、少しまともな人間の事を指すのだと知ったのは、退院もほど近い、入院して一年が過ぎた頃の事だった。
 両親もいない僕のアパートは、溜まりに溜まった家賃の形に、引き払われてしまった。せっかく退院出来ても戻る宛てがない。
 親友と呼べる二人の部屋に潜り込むのも気が引ける。
 引き取る宛てもなく、僕は『福祉課』のお世話になる事になった。
 ケースワーカーの『ワチさん』が僕の担当。結構美人だ。二人で頑張って探したが、なかなか条件の合った住居が見付からない。
「ワチさん。もう総武線沿線は諦めた方がいいのかも知れません」
「そう……じゃあどこに住みたい?」
「そうだなぁ……石神井公園、とか」
「何でまた……」
「だって環境もよさそうだし」
「そうねぇ……じゃあ早速行ってみましょうよ」
「はい」
 僕らは石神井公園の駅前にある不動産屋に飛び込み、条件のよさそうな物件を探した。
「これなんかどう?」
「いいですね」
「解ったわ。この物件、ちょっと見せてもらってもいいですか?」
「はい、ではお連れしましょう」
 不動産屋の車で連れて行かれた部屋は、日当たりもよく、環境的にもばっちりだ。
 その日のうちに契約を交わし、僕は引っ越しの準備を始めた。ワチさんも喜んでくれている。
 夏の日差しも緩やかになり、そろそろ冬支度も考え始めなければならない、小春日和の暖かな午後の事だった。
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