Addict -中毒-


あの時も―――


彼は射る様に鍵盤を睨み、そして表情をなくしていた。


啓人が何を考えているのか知りたかった。


どんな男なのか知りたかった。


だけど今は―――




純粋に、彼の傍に飛んでいきたい。


そう思ったのだ。





「どこに居るの?」






私はそう聞いていた。




―――通話を切って、私は慌てて蒼介にメールをいれた。


“モエハがトラブッたらしいの。話を聞きに行くから、今から出かけてきます。ごめんね”


もちろんこれは嘘。萌羽にも後で説明しなきゃ。


短い文章を送信して、エプロンを脱ぎ捨てると、バッグをひっつかんで私は家を飛び出した。


電話でタクシーを呼び寄せ乗り込むと、私は恵比寿に向かった。





啓人―――どうしたの……?


普通じゃなかった。


何があったの?



考えたいことはたくさんあったのに、タクシーの窓を打ちつける激しい雨音が私の考えを邪魔して


それでもその霞がかった雨の中に





私は啓人の姿を思い浮かべていた。






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