HOPE
 おそらく、家政婦だろう。
「烏丸綾人さんですね?」
「はい」
「雫様がお待ちかねです」
 上の階の一番奥の部屋に案内された。
「どうぞ」
 とだけ言うと、家政婦は持ち場へ戻ってしまった。
 ここに、数年間もの間想い続けた雫がいる。
 ドアノブに手を掛け、ドアを開けた。
 部屋に入った瞬間、一人の少女と目が会った。
 ベットに座り、半身だけを起こしている。
 長くて黒い髪、白くて細身な容姿。
 それらは、どうしてか沙耶子の面影を連想させた。
 それでも、ここにいるのは雫だ。
「雫……」
 雫は一瞬だけ驚いた様な顔をして、俺に微笑んだ。
「お帰り、お兄ちゃん」
 彼女の言葉を聞いた瞬間、涙が溢れて来る。
 視界が歪む。
「おいで。お兄ちゃん」
 俺は彼女の胸に飛び込み、泣いた。
 今までの悲劇。
 雫の妊娠と中絶。
 沙耶子の受けた虐め。
 それを機に俺が起こした暴力沙汰。
 沙耶子が屋上から落ちた事。
 光圀の一件。
 隼人の死。
 そして、沙耶子との決別。
 それら全てを吐き捨てる様に、涙と共に流す様に、俺は声を上げて泣いた。
「お兄ちゃん。けっこう泣き虫だね」
「うるせぇ。今まで、辛い事が多過ぎたんだよ」
 かつて、俺は何もかもを失った。
 でも今は、ここに雫がいる。
 雫だけが、俺にとっての最後の希望だ。
 いつかは俺の前からいなくなってしまうのだろうけど、今だけは一緒にいよう。
 遠くない未来、雫の死が俺達を分かつまで。
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