坂道
「ごめん、裕美。」


「ううん。お互いに、何にもわかっていなかったんだから。ケンジくんが謝らないで。」 

そう言うと、裕美はケンジの胸に顔をうずめた。



「でも私、本当は怖いんだ。」


ケンジの前で、裕美は初めて弱音を吐いた。



「こんなに幸せな時間が終わるのが、ものすごく怖い。」


ケンジは自分の胸の中で、小さく震えながらそう言う裕美の体を、強く抱きしめた。



「裕美。大好きだ。」


そう言うと、ケンジの目からは涙が溢れ出した。



二人は互いにその存在を確かめるかのように、強く相手の体を引き寄せた。



離れたくない。



過ぎ去ろうとしている二人の時間を、必死で留めよう抗うのは無駄なことだということは分かっている。


しかしわかってはいても、その衝動を抑えることが出来ない。
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