坂道
「ケンジくん。鼻、真っ赤。」

裕実はそう言うと、クスクスと笑った。


「うるせ。お前だって真っ赤じゃんか。」

恥ずかしそうに鼻をつまみながら、懸命にそう抗議するケンジを見て、裕実は収まりはじめていた笑い声を、再びあげた。


その笑顔に、ケンジは恋をした。


「あの、私、ケンジくんのこと・・・。」

「まって。」


ケンジは、裕美の言葉を遮った。

その台詞は、自分から言いたかった。


「つ、付き合ってくれ、くれないかな。」


裕実は緊張してくちごもるケンジを見て、今度は笑わなかった。


「ありがとう。」


裕実はそうとだけ言うと、右手でケンジの左手を握った。

そのあまりの冷たさに、ケンジは上着のポケットの中に引っ張った。


裕美は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐにニコリと笑った。



それは、真ん丸なお月さまが、すみきった空に浮かんでいる夜だった。
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