モラトリアムを抱きしめて
決意
もう、震えることはなかった。それでも私は夫の腕にしがみついて離れなかった。


「初美……」

祭儀場に入るとすぐ、兄は私たちの前に現れ、夫を見るなり深々と頭を下げた。

兄は少し前の作り笑いをやめ、目が合うと目線を下に外し、困ったような表情でいた。

「はっちゃん……」

私の名前を再度呼び、何か言いたそうに、下唇を噛んでいる。

昔の癖は変わっていない。

何年も会っていなかったせいか、パッと見ただけでは兄とわからないほど身なりは変わっていたけれど。


「結婚……したんだな」

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